宇能鴻一郎の名は、偏見で捉えられがちだと思う。
芥川賞受賞作家でありながら、その後変態作家の路を突き進み、昭和エロ映画の元本となった本をいくつも書いた作家。
ただのエロ作家ではなく、変態系であるところがまた肝だ。
そして、本を読んだことがある人は分かると思うが、多作であるが文章や内容は実はそんなに大したものに出会ったことは自分はない。
そんなこともあり、一瞬興味を持ったこともあるが、一回読んだらそれ以来関心は無くなった。
ところがだ…。
とある本屋さんでグルグルと何とはなしに見回りをしていたら、レコードの「ジャケ買い」ならぬ表紙買いをしたくなるカバー表紙画を発見。
それが「宇能鴻一郎 傑作短編集 アルマジロの手」だったのである。
こんな出会いもあるから本屋さんは有った方がいいのだ。
便利だからと言って何でもかんでもネットで購入なんて言っていたらこんな偶然ないい出会いはできない。
チラッと内容を見るにいつものエロではなく、賞を取った頃の純文学の香りもするし、「新潮文庫」だし!
実際読んでみると後のエロの要素は存分にありながらも、妖艶にして異界、読みながらにして五感をフル稼働させられる。ご本人の経験や体験無くしては語れない物語や知見をふんだんに短編に盛り込み、膨らませ、そのストリーテリングは素晴らしく読むや否や宇野浩一郎ワールドに一気に引き込まれた。
願わくばこの路線で、このクオリティーで作家人生を突き詰めて頂けたらと勝手にボクとしては思ったりするわけだが、実際はそうではなかった。
それを今言っても仕方ない。
この路線、このクオリティーで書き続けるとノーベル賞作家と今頃はなっていたかもしれない。
それを今言っても仕方ない。
ともかく、
一つ一つの短編が独創的であるのはもちろん、もう少し特徴的なのは、エロの世界観。食の世界観。欲望の世界観、それぞれの描き方、設定だ。
話の展開が伝聞と言いつつ何処までが、伝聞であり、もし純粋に伝聞であれば「伝承」に近いものになっている短編がいくつかあり、それが
「アルマジロの手」
「心中狸」
「魔薬」
中でも「心中狸」の世界観はたまらなく幻想的で変態だ。
また「魔薬」の世界も途切れ途切れに聞いていた世界をまとめてくれていて分かりやすかった。近頃では映画「首」で北野監督がその世界観をしっかりと描いていた。
短編集最後には、
本作品では、今日では不適切とされる語句や表現がありますが、舞台となる時代設定を鑑み、あえて使用しています。(編集部)
と但し書きが加えられているように現代では刺激の多い読み物となっている。その代表が「魔薬」だろう。ボクはかつての事実であり、小説だから構わないと思う方なのだが、如何だろう。
その他にも「蓮根ボーイ」も逞しく生きる少年の情景が生き生きと描かれており、時代性がわかり、まさに小説でしか味わえない異世界を見せてくれた。
いずれの作品も先に書いたが、五感をフルに感じさせて自分の知ることのない世界を垣間見せてくれる小説の醍醐味を短編でありながら楽しませてくれる。エロ、食、感情の起伏、心の痛み、肌の痛み、心からの喜び、心からの悲しみ。そういった感情などを短編小説で表現できる作家は早々いない。
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