映画自評:映画「アシスタント」は、ドキュメンタリーな「映画」だ

「正人」の日記

事実をカメラで追い再構成し、映画として公開すればドキュメンタリー映画となるが、この映画は実話を積み重ねて作ったドキュメンタリー的な「映画」だ。

海外の話だからというのではなく、
特別な業界の話だからというのではなく、
特権階級だけの話だからというのでもなく、
実は、我々のすぐ傍に同じような世界が広がっているのを示唆している。

仕事と言いながら、
毎日のように、
会議、
コピー、
コーヒー、
掃除、
電話、
手配、
これが仕事だろうか。
これが特殊な世界の話だろうか。
そして、その傍らでは不正や不条理な働き方で利益を被る人たちがいる。
これが我々の「社会」だ。

社会を大切にしよう、という教育を受けてきたが、結局本当に大切にされてきたのは何なのか。改めて社会について根源的な問いを我々自身が自分に問い質さないといけない時期にある。

ベテラン社員があの会社で生き延びているからと言って生き生きと働いていると言えるだろうか。働き甲斐があると言えるだろうか。あのポジションにいたいと思えるだろうか。
だからと言って、会長になりたいか。。。

会長は、生き抜いてきたが故に言葉巧みに人を操るのがうまい。でも、くれぐれも権力者を素直に信じてはいけない。彼らの言葉の裏には何かが潜んでいる。それが「社会」のルールの一つなのだ。

淡々とした起伏のない映画の中に真実が故に小さな音で警鐘がなり続けている。気づかなければならない。映画であれ、現実社会であれ。



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