いい映画もそうだが、この小説も一つの小説の中に様々なテーマが盛り込まれていて、読む人によって気になる所が異なるはずだ。
読んでいる途中からその世界観が終わるだろう読後の世界を想像すると読み終わりたくなくなるもの名作の証拠。丁寧に紡がれた世界観は愛おしく自分もその世界の住人になってしまっているかのようなのだ。
まだ其処にいたい。
話を聞きたい。
自分の話を聞いてもらいたい。
そんな願望が次から次へと絶え間なく頭の中を駆け巡る。架空の場所であると分かっていても尚、訪れてみたいとさえ思い続ける。彼らに会いたいと思う。それがいい小説なのだ。
以下ネタバレを含む。
読後感想第一弾では、本は買う前に内容が分かり辛いということを書いた。上記の「読書メーター」はネタバレを気を付けて読めば世界観が分かりやすいのかもしれない。
さて、ネタバレを先に注意喚起した上で最重要ポイントである結論から入りたい。それ以外での語るべきポイントは後回しに一旦して。
本作が素晴らしい小説作品であるということで様々な見解と見方が成り立つという前提での話だ。エンディングにおいて策略的ではないかとボクは思っている。
結果が確定的な「示唆」で終わっているからと言って、「確実な証言」を得たとは言えない。
そもそも、犯人(事件であったとして)が「自分が犯人です」となるような証拠を持って帰るだろうか。それ以外の証拠隠滅は周到に、完璧に行っていたのに。
事件だったとすれば、アリバイ作成は時間的に綱渡り状態だった。
ボートでの往復。その時代でのバスの発着時間。その限られた時間内での証拠隠滅の正確さ。月がない中での指紋など証拠隠滅。経験豊富な保安官を出し抜く知性(決してバカと言っているわけではない。事件に対する経験数と未経験の差。)。スポーツ選手の瞬発力や反応力の凄さも見くびってはいけない。もし彼女を犯人として作者が想定していたなら、スポーツ選手の能力を過小評価しているだろう。
つまり、被害者に証拠がもっと何らかの形で残っていたはずだ。
結果が確定的な「示唆」で終わっているからと言って、彼女が犯人であると確定するのは疑問である。
この長いストーリーを共にした者として彼女がいかに偏見に強いられた人生を生きてきたか、孤独の中に生きてきたかは読者全員が知っている。我々の常識で彼女の行動は判断してはいけないし、理解しようとしてはいけない。彼女の人生のストーリーを通してのみ彼女の理解が進むのである。
詩の内容=彼女の自白
ネックレスの所持=証拠の隠滅
と言う単純構造は、この長い複雑で孤独な彼女の人生を物語る告白の最後のメッセージと受け止めていいものだろうか。
ボクにはそうは思えない。
結局、人には胸の内を隠さざるを得ない、最愛の人でさえ心の内を吐露できない信じてもらえない他の真実(経緯)があったのかもしれない。もう闇の中だが。
ともかく、人生の最後に結ばれた心許せる最愛の人ができたにも関わらず、その人にも言えない彼女の心の内は他者には理解しがたく、困難な道のりを経てきたものなのだ。(詩を作ってきたくらいは、告白しても良かったのではないか?)
我々は意図もたやすく他者に対し「共感する」や「分かる」などを言うが、真にできることなどあるのだろうか。
愛する愛娘を毒父親の下に置いて家出をする母親の気持ち。
家出をする兄弟の気持ち。
過酷な自然の中で、一人母親、兄弟を待ち続ける彼女の気持ち。
思春期の少年でありながらも理性を保ち彼女を愛し続け守り続け、帰ってくると約束したにも関わらず帰らなかった彼の後悔の気持ち。
あの思春期頃の数年間、勉強を教えつつ頭の中は彼女のことで一杯だったはずだ。彼女への愛と、やがて生まれる敬意と尊敬と未来の可能性を感じていたことだろう。
チョット話はズレるが筆者の描写力は時に自然だけでなく、小説の中でもいかんなく発揮される。それが黄色いプラタナスの葉が舞うファーストキスのシーンではないか。ボクの知る描写の中で最も美しいと思えるシーンの一つだと思う。
子どもの頃からの付き合いで始まり、思春期で文字を教え、恋が芽生え、自制心を保ちつつ彼女と付き合い。彼女に帰ってくると約束したのに帰らなかった彼の心情が我々に分かるだろうか。
何よりも子どもの頃に家族に捨てられ、父親から虐待され、挙句捨てられ、白人貧困者として差別され、字も読めず、たった一人で自然の中で自立せざるを得ず、母親の帰りを待ち続ける。
彼女は、母親の帰りを待つばかりにその地から逃げ出すことができなかった。一人で生きていくことにしか選択肢がなかった。そんな生き方を理解できるだろうか。
まさに彼女の住む世界は精神的にも「ザリガニの鳴くところ」だったのだろう。
さて、この小説の特異性は、櫓にまつわることだけではない。
自然描写、自然に対する造詣の深さ、人間観察、その表現力。これが小説の第1作目とは思えないほど完成度は高い。
実際、作者は動物学者で研究では論文で賞をを取る程の実力者だそうだ。そんな方の自然・動物に関する描写は愛に満ちていて素晴らしいものがあると思う。
前述したようなプラタナスのシーンやその他の描写、法廷のシーンも読みごたえがあり、読んでいる時間を忘れるほど夢中になれる。
読んでいない方には是非是非お勧めしたい。
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