そっか、クリスマスの時期だから皆さんクリスマスの楽しい思い出を語ったりするわけだ…。
別にボクにも楽しい思い出がなかったわけではない。
思い出そうとすれば長い間生きていればその分クリスマスを過ごしているわけだから、記憶にある内の何回かのクリスマスでは楽しいクリスマスがあったはず。
なのに、クリスマスの思い出と言われ「パッ!」と頭に思い浮かぶ思い出は良くない方の思い出だ。
こういったことは別にクリスマスに限らないだろう。
テレビドラマのように恋人とレストランでプレゼントを交わし合ったクリスマスもあっただろう。子どもの頃は家族でパーティーをしただろう。さらには友達同士でも集まってパーティーらしきものをしただろう。
それらの楽しい思い出の記憶を押しのけボクの頭に浮かんでくるのはネガティブな方の思い出だ。
性格由来か…。
心理学由来か…。
大した出来事ではないのに脳裏に焼き付いている。
ともかく、
あの日は、雪のクリスマスだった…
幼稚園に行く息子とまだハイハイの娘がいる働き盛りの頃、
店が大繁忙期だからと言ってヘルプでクリスマスに駆り出されていた。
中でも新宿店は大繁盛。
目が回るとはこの事。
忙しすぎて店長と普段いる店員がバックヤードで喧嘩をする始末。
ようやく夜の休憩をもらえたので晩御飯を一人で出かけた。バックヤードの剣呑な雰囲気を避けるためもあった。歌舞伎町辺りはクリスマスの雰囲気一色だった。食事を取ろうと店に入ろうとするにもどこも一杯だし、カップルや家族連れだし、こんな時期にお一人様は流石にいない。
コンビニでサンドイッチを買って歌舞伎町の大看板を眺めながらガードレールにもたれ震えながらかぶりつく。ウォークマン(当時)からちょうどユーミンが流れてきた時に俯きかけていたようだ。
道を見ると白いモノがチラホラ。
雪が降ってきた。
「ボクはクリスマスに一体何をしてるんだ…。」
それだけの話。
だけどやたら脳裏に焼き付いている。
あれから十数年して今。
雪の寒空の中、歌舞伎町の入り口が見えるガードレールにもたれながらサンドイッチを頬張りながら、不吉なクリスマスを過ごすまだ若かりし不安だった自分をつくづく思いだす。
年金受給年齢が引き上げられた昨今、将来に不安が払しょくされたとは全く言わないが、予測不可能な自然に対し波の乗り方にコツをつかんだベテランサーファー如く、時々の失敗を含んだ生き方がこれからも待っていてもなんとかなるんだろうなとクリスマスの時期が思い起こさせてくれる。
世の流れは予測不可能。今はお一人様クリスマスがいいとの記事もあった。
令和がボクの青春時代ならピッタリの時代じゃないかい!
いや、「青春」なんて別に年齢に定義は自分で決めればいいだけ。
じゃ~、今はボクの時代だ。
なんて強がりも言ってみる。
最後に強がりがてら疑問提議をしたいのだが、そろそろ皆クリスマスに飽きたのじゃない?
ハロウィンもやってみた、クリスマスもやってみた、でも宗教的基礎概念がないままのお祭り騒ぎは流石にどうなの…。
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